【調達マネジャーの心得】中日ドラゴンズ落合博満元監督に学ぶ!部内会議を「説教の場」ではなく「相談の場」にすることが大切な理由とは?
- 「部内会議でアドバイスをしているつもりが、いつの間にか説教になってしまう・・・」
- 「調達部員ともっとコミュニケーションを取りたいが、どう場を作ればいいかわからない・・・」
- 「相談してほしいと伝えているのに、結局トラブルが起きてから報告が来る・・・」
今日は日曜日ということもあり、今回は少し視点を変えたお話をさせていただきます。実は私、40年来の中日ドラゴンズファンでして、歴代監督の中でも、独自の組織論でチームを「常勝軍団」に導いた落合博満元監督の指導法には、調達マネジメントに通じる多くのヒントがあると感じています。
今回は、落合監督のエピソードから、調達部内会議を「説教の場」ではなく「相談の場」にすることの大切さと、その具体的な理由について紐解いていきます。
今回は、【調達マネジャーの心得】中日ドラゴンズ落合博満元監督に学ぶ!部内会議を「説教の場」ではなく「相談の場」にすることが大切な理由とは?についてお伝えしますので、ぜひご覧ください。
【調達マネジャーの心得】中日ドラゴンズ落合博満元監督に学ぶ!部内会議を「説教の場」ではなく「相談の場」にすることが大切な理由とは?
落合博満さんのプロフィール
落合博満さんのプロフィールについては多くの方がご存じかもしれませんが、ご参考でご紹介します。
1953年生まれ。秋田県南秋田郡若美町(現:男鹿市)出身。
1979年ドラフト3位でロッテオリオンズ入団。1981年打率.326で首位打者になり、以後1983年まで3年連続首位打者。1982年史上最年少28歳で三冠王を獲得、1985年には打率.367、52本塁打、146打点という驚異的な成績で2度目の三冠王とパ・リーグの最優秀選手(MVP)に輝いた。1986年には史上初の3度目、2年連続の三冠王を獲得。1998年現役を引退。
通算成績は2236試合、7627打数2371安打、510本塁打、1564打点、65盗塁、打率.311。
その後、野球解説者、指導者として活動し、2004年より中日ドラゴンズ監督に就任。就任1年目から1年間の解雇・トレード凍結、一、二軍を振り分けない春季キャンプなどを行ない、チームはいきなりリーグ優勝。2007年にはチームを53年ぶりの日本一に導く。就任から8年間、2年に1回以上はリーグ優勝ないしは日本一、Aクラス入りを逃したこともない。2011年は球団史上初の2年連続リーグ優勝を果たし、「常勝チーム」を作り上げた。2007年には、プロ野球の発展に大きく貢献した人物に贈られる正力松太郎賞を受賞。2011年には競技者として、日本の野球の発展に大きく貢献した功績を永久に讃え、顕彰する「野球殿堂」入りを果たす。2013年に中日ドラゴンズ球団初のGMに就任。2017年1月31日GM退任。(「講師依頼.com」より引用)
キャンプで監督・コーチと選手の食事会場を分けた経緯
部内会議を「相談の場」にすべき3つの理由
理由①:調達部員は、調達マネジャーから説教されることを望んでいないため
落合監督が食事会場を分けたのは、指導という名の「説教」が選手の意欲を削ぐことを知っていたからです。大切なことは、調達部員が抱える悩みや課題に対し、同じ目線で解決策を考える「相談」の姿勢を見せることです。
理由② 調達マネジャーが不在のことが多く、相談するタイミングが少ないため
調達マネジャーは関係部署との会議や外出が多く、自席にいないことも珍しくありません。調達部員は、調達マネジャーが思っている以上に「相談したいけれど、忙しそうだから今はやめておこう」と遠慮してしまうものです。落合監督が宿舎の食事会場でどっしりと構えて「相談の場」を確保したように、週に一度の部内会議などを「この時間なら必ず相談に乗ってもらえる」という確実な相談の場として機能させることが、情報の停滞を防ぐ鍵となります。
理由③ 調達部員自ら調達マネジャーに相談するという行為が主体性を高めるため
「自分から相談しよう」と決める行為は、自立への第一歩です。自分の担当する仕事の問題や課題に向き合い、責任を果たそうという強い意志がなければ、人は相談しようとは思いません。まとめ
- 調達部員が求めているのは、過去のミスへの「説教」ではなく、未来に向けた「相談」である。
- 多忙な調達マネジャーだからこそ、意識的に「相談を受け付ける場」を確保する。
- 「自ら相談する」というプロセスが、調達部員の主体性と責任感を育てる。
お気軽にお問い合わせください。
↓
お問い合わせフォーム
